天津之黄泉編に感じるテーマ描写の微温性〜まだまだヨミについて語りたい〜

(注ウィンヴルガ叛逆編は単行本派なので本誌の展開は知らないという前提なのでここで話していること、一連の記事は周回遅れの話題になってる可能性があるます)

今まで曖昧な終わりでどうなったのか分からんという宙ぶらりん状態だったのが前回の記事、花弁の暗示に気づいてからヨミの末路がアレとしてほぼ決定的になってしまったという哀しき現実を四年経立って読めたのだがそうなるとますます解せねぇなと。

少しだけだが色々考えて頭をひねるうちにだんだんとこの違和感を掴めてきた気がする。けれど読み解くほどに苦さも増すなと

 

今回は前回のヨミの感想記事より踏み込んだ視点で考察、批評を示せた、かも。

それは何かと言うと、4巻~8巻グロリア処女喪失から天津之黄泉編に至るテーマと展開に反し、ある意味矛盾しているからだ。つまり黒巫女ヨミは一人だけ反対の立ち位置に立たされてしまった女なのだ

 

lomm.hatenablog.com

 

支配からの脱却と抵抗

そもそも天津之黄泉編の始まりは、ドミネイターと長老達による和平のため王女の青歌と最高司令の強引な結婚と言う略奪から救う話だった。

それともう一つは天津之黄泉のシステム、奈落の民の感情を上層部が吸い取り奴隷状態にすると言う洗脳システムからの解放。これは真白の感情の解放ともテーマが絡んでる。それから大事な核としては天津之黄泉編の直前、4巻のグロリアの処女喪失から始まった男女が愛し合う世界の実現というテーマ、複数のプロットが重なり合ってる章な訳だ。

この重なり合うテーマの中でもまず一番大きなものとして重要なのは「愛」だがこれはグロリアとドールマンのような両者相互に愛し合う、好きな相手に処女を捧げるというものであり、一方的な感情や愛でもって支配する、凌辱する支配からの解放と戦うのだと、その展開のためにグロリアの意志を曲解した主人公真白を狙う根室のような敵キャラが存在してたりもしてたはずだ。

それにドールマンの意思を継ぐゼインとウィンで真白をかけていいライバル関係になっていくという展開にも進んでいる。

 

奪われたヨミ

このテーマを考えるとどうだろうか?

上述の通りヨミだけ何故かこのテーマに何故か反し一人蚊帳の外に置かれる展開になっているのである。モブの兵士に凌辱され、あのネクトゥに奪われるという最悪の結末だ。

 

ヨミだけモブ兵士に貞操を奪われ、一方的で身勝手な劣情をネクトゥに向けられあの末路によりそれが成就されている。しかも死人に口なし状態でだ。なんであの展開になってるのか?をどうしても理解できないが、ネクトゥが「愛しているから」なら間違いなく最低最悪の解答。いやいや無理無理。

 (*しかし、一つ気がかりなのがネクトゥが崖から落ちる際、ネクトゥの愛してるのコマではヨミが微笑んでいる。まさかネクトゥとヨミの想いが通じ合ってると読めてしまうのがなんとも不気味であるし本当にそうならますます意味不明だ。あそこは戦いを楽しむという文脈で見るのが正解な筈だ、そ、そうだよね…??

 

そんなものを許そうものなら「処女は好きな相手に捧げるものだ」このテーマが崩壊、意味不明になるだろう。

じゃあヨミはなんなんですか?と。*これからグロリアや真白の活躍で女性が解放されていけばいくほどその矛盾は膨らんでいく。

*1

あのネクトゥの行動が肯定されてしまうのなら、根室の真白への劣情、最高司令の青歌への劣情も同じく肯定されてしまうはずろう?なぜヨミだけ例外なのだ?その道理がない。もしそこで例外を認めるなら全ての女性の解放なぞ口先だけだ。それを嗜める人物も存在しない。マジコですら気にかけてない始末だし。

 

ひっそりと小さなコマで描写され、誰もその行く末も知らず、メインヒロインらに自分でなんとかしたはずだなどと無神経なセリフを言わせ、強引に納得させてるのはやはりかなりの違和感を持たざるを得ない。ただ、あそこのシーンは意図的なものも感じるので、やはり何か悪い方に傾く伏線であるように思えてくる。それにしても、世話になった恩人すら見捨ててしまうのかという不信感は募る。

 

ヨミの末路が大体的に悲劇として扱われているなら、まぁまだ分からないくもないが以前のヨミの感想で書いた通りあのコマ構成ではそれを感じさせない、劇的な場面として提示されてしまっているのだ。もちろんそんな話ではない。だが表向きそう扱われてることで一人取り残された気分で、行き場のない感情が押し寄せる。

 

真白が覚醒成長したし、天津之黄泉編システムから脱却したわけだしハッピーエンドいい終わり方だっただろ?

そんなわけあるか寝ぼけてんのか?といってしまいそうだ。

 

ヨミが連れて行かれました、略奪されました。なら何故もっと描写を割いて、メインキャラクターたちもそれを認識するという描き方にならないのか。これについては理解できそうにはない。ウィンヴルガ叛逆編でその真相が明かされることを切に願っている。

 

 

ヨミの表情が描かれてない場面の意味は

そう言えばヨミに関する描写でもう一つ気になるポイントとしては凌辱ドチュドチュの場面と最後のネクトゥに略奪されていった場面のヨミの表情が見えないということだ。

これについてもどういう意図が?と考えていたのだが最近こう解釈できるのかもしれないとその見方がぼんやりと浮かんだ。

 

 

凌辱されるシーンでは貞操

ネクトゥに連れ去られる場面ではその尊厳と身体を

奪われたからだ。

 

んん?これは一見どういうことだろうかと思われるかもしれない、もう少し具体的に説明すると、天津之黄泉編のメインプロットの一つにシステムからの解放というものが存在した。これは奪われた感情を取り戻すということな訳だが、感情が奪われるとどういう表情になるだろうか?そう、表情が乏しくなる。つまり表情がなくなってしまうと言える。そう考えるとあれらの場面でヨミの表情が描写されないのは「奪われたから」という意味だと読み解けるのではないか?最後の場面に関して死人にはくちなし状態なわけだから感情なんてあるわけないがそこは抑圧という意味と捉えれるかな。

自分の感情を抑えて真白のところへ行ったわけだし。とはいっても真白に語る場面では表情が書かれているわけだが、そこは真白に語るという役割があるからだと言える。ネクトゥの表情が描かれてないのは知らん。顔が見たくないのでむしろそこは良いけどねっ!!

 

7巻でヨミが感情を解放したのがネクトゥとの戦いという点がまた悲しいというか気持ち悪い面よ。

 

まとめると

ドミネイターの支配、歪んだ愛、感情と意思の搾取・支配からの抵抗というテーマがありながらそれとは真逆の扱いを受け搾取・支配されてしまった。それが黒巫女ヨミというキャラだと言える。

 

ああやっとより批評的な視点で感想を示せたかもしれない。

え?まだまだダメだって?感想はぜひコメントにお願いします。

ヨミについてあれこれ言いすぎて、もしくは変な感想だと若干呆れられてないだろうかちょっと心配になってきた笑

 

実はもう一人一方通行的に劣情を抱いてる?人物

ヒロイン真白の最も近いメインキャラクターで片思い的な好意を抱いてる人物、それは飛花だ。火花は完全に同性愛的な目線で真白を見ているのだが、当の真白はウィンやゼインに対して距離感を縮め、おそらくウィンに処女を捧げるという約束までしている。

真白が飛花に対して抱いてる感情は友愛・家族愛のような感情であって、性愛的な視線ではない。このコマは何か意味有りげな描かれているが一体どういう展開を暗示しているのだろうか気になるー

 

*1:叛逆編がどうなってるのかは単行本派なので今の段階では不明という前提です